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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

岐路の峠

明けやすい短夜である。五更といえばもう有明けの色がどこにもほのかである。

誰もいない打出ヶ浜……。

見る人もなく聞く人もない瓦小屋。

瓦へかむせてある濡れ莚へ、居崩れたままにうっ伏したお綱は、生まれて初めて真から悲しいということを知って、誰に気づかいもなく、シク、シク……とすすり泣きを洩らしていた。

やがて、ボウーという法螺の音が聞こえる。

矢走へ通う松本の船渡しから、一番船のでる知らせである。

(江戸へお帰り、江戸へお帰り、お綱さん、諦めて江戸へお帰りよ。月夜の風邪をこじらすと、命取りになりますよ)

一番船の貝の音はこういってお綱をなだめ促すように鳴っていた。

岐路の峠

らんらんとした太陽が照りつけていた。小鳥の声が晴々とひびく、山や峰は孔雀色の光に濡れ、傾斜の樹々は強烈な陽をうけて、白い水蒸気をあげている。

「急げ、急げ」

今しも、笠取の盆地から、禅定寺峠の七曲りを、ヒタヒタと登ってゆく武士の一群れがあった。

昨日の嵐にふるい落とされた病葉が、道一面に散りしいていて、そこを踏みしめてゆく大勢の足音の前に、山小禽が腹毛を見せてツイツイとおどろき飛ぶ――。