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なるとひちょう
鳴門秘帖(一)
吉川 英治
吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页
ガランとして、明けッ放しになったまま、しばらくは日向溜りの秋の蠅が、黒豆のようにジッとしていた。
「おほん……」
ややあって、どこかで一ツ咳払いがしたかと思うと、厠の戸のさるがカタンといった。
厠の戸をギーと開けて、悠々と出てきたのが、すなわち机と薬研の主であろう。
誰かと思うと、久しぶりにその細い丁髷と細い顎を見せた、平賀源内なのである。
手洗鉢の水を、南天の葉へチョッチョッとかけて、手拭掛けに手を伸ばしながら、さて、おもむろに庭の秋色を眺め廻した後、机の抽斗から薬草の胚子らしいものを取り出して庭へ下りた。
長崎で手に入れてきた蛮種の薬草の胚子を蒔いて、一つまた暢気な漢方医者どもを、あっといわせよう下心とみえる。
縁の下から鍬を取りだして、それを杖のように突きながら、離々とした秋草の中を歩きだした。
そして、ここら辺りでと思う所で、サクリと鍬を入れたが、その鍬を土にさしたまま、源内はヒョッと妙な顔をしてしまった。――というのは垣の外に、胡散くさい人影が、しきりに辺りをうかがっていたからであろう。
「また嫌な奴が立ち廻っているな……」
こう思ったので、平賀源内、障らぬ神に祟りなしというふうに、胚子の袋をそこにおいて、こっそり部屋へ戻ってきた。