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なるとひちょう

鳴門秘帖(一)

吉川 英治

吉川英治『鳴門秘帖(一)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:鳴門秘帖、鳴門秘帖。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 262,100 字 · 523 页

青空文庫

「しまッた!」といって、すぐ藪の窪へ走りこんだが、そこに意外な抜け道の口を見出して、

「オーッ」呆然として立ちすくんだ。

「天堂一角!」するとまた彼の姿を追ってきた者が、藪の外から呼びだした。

「誰だ」

「竹屋三位じゃ」

「オオ三位卿様で?」

「阿波守殿がすぐに来いとの御意であるぞ」

「ただいまの曲者が、この抜け道より屋敷の外へ逃げ出しました。せっかくながら一角、それを追ってまいりますゆえ戻られませぬ」

「いや、曲者の逃げたこと、殿も御承知。何せい卍丸へお座がえの時期が迫った。早く早く!」

オオ、そういえば、夜は疾くに子の刻を過ぎ、やがて八刻半(午前三時)にも近かろう。

暁の七ツから六ツ半刻の間がその日の満潮。浅瀬や洲を交わす都合の上に、ぜひ卍丸はその時刻に纜を解かねばならぬ。

とすると――一角もあわてざるを得なかった。

彼はぜひなく三位卿について足を早めた。

卍丸は下屋敷の裏庭――安治川の横について、阿波守はすでに楼船の屋形へ褥を移していた。

支度は一月も前から手廻しされているが、重喜の身の廻りの物を運ぶ侍女たちや、潮除けの幔幕を張りめぐらす者や、櫂をしらべる水夫楫主、または朱塗の欄の所々に、槍お船印の差物を立てならべる侍などが、事俄かのように目を廻している。