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う

鵜

山本 周五郎

「講談倶楽部」博文館、1954(昭和29)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,733 字 · 38 页

青空文庫

六

若者の顔がみにくく歪んだ。

「いや」と若者は首を振った、「なんでもありません、失礼しました、誰もいないと思ったものだから、どうも、――」

そして若者は木戸のほうへ去った。

若者は四つ目垣の木戸をぬけると、母屋へはゆかずに、そのまま塀に沿って裏へまわり、くぐり戸をあけて外へ出た。

「どうしよう」彼は立停った、「どうしよう」

躯がふるえ、額から汗が流れていた。彼は右手に扇子を持ちながら、それで陽をよけようともせず、流れる汗にも気がつかないようすで、照りつける陽のなかを、そわそわと北野神社のほうへゆき、森を出て、鳥居前から駕籠に乗った。――駕籠屋は彼を知っているとみえ、丁寧すぎるくらいに挨拶をした。

「滝山へやってくれ」と彼は云った。

「へえ」と駕籠屋は云った、「滝山のお別荘でございますね、かしこまりました」

六

半三郎のいつもゆく山道を、淵へおりずに四町ばかりゆくと、滝山という部落がある。そのまん中どころの、竹垣をまわした別墅づくりの屋敷の門前で、若者は駕籠をおりた。――それは藤江内蔵允の控え家であった。藤江は藩の筆頭家老であり、若者はその長男で小五郎といった。