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う

鵜

山本 周五郎

「講談倶楽部」博文館、1954(昭和29)年8月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,733 字 · 38 页

青空文庫

八

彼は毀れた引戸を外そうとした。

「よけられなかったのです」陸尺の一人が云った、「あんまりいきなりだったもので、どうよける法もなかったのです」

引戸が外れた。さだの躯は坐ったままねじれ、上半身が仰になっていた。ねじれた躯の帯の上が血に浸り、その部分がみるみるひろがるようであった。

「ただこ」小五郎はがたがたとふるえた、「聞えるか、ただこ、私だ」

「迎えに来て下すったの、あなた」とさだは云った、「迎えに、――うれしいわ」

彼女の眼はうつろだった、空虚な、瞳孔のひらいた眼で、そこにいる誰かを求めでもするように、空を見た。

「あたし、なにもかも、いいようにして来ましたわ」彼女は嗄れた声で囁いた、「――なにもかも、……さあ、まいりましょ、あたしに、あなたの、そのお手を、かしてちょうだい」

さだは手を伸ばした。まるで誰かの手を求めでもするように、しかし伸ばした手は途中で落ち、その頭はぐらっと左へ傾いた。――さだの呼吸が絶えた。

八

淵には九月の、乾いて冷える風が吹いていた。半三郎は爼板岩の上で、釣糸を垂れていた。

「おい」と彼は爼板岩に云った、「今日もだめか、え、――頼み甲斐のないやつだ、おまえ頼み甲斐がないぞ」