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あだこ
あだこ
山本 周五郎
「小説倶楽部」1958(昭和33)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,762 字 · 46 页
「ちょっと」と彼が云った、「おまえ眼のまわりをどうしたんだ、眼のまわりが」
あだこはひゃあといった、妙な声をあげて両手で顔を掩い、「ごっぺかえした」と云いながら、慌てて奥へ逃げていった。半三郎にはわけがわからず、ごっぺかえしたとはどういうことだ、と考えた。あだこの眼のまわりが黒く斑になっていたが鍋でもひっくり返して、鍋墨でも付いたのか、などと考えていた。
二月になり、その月も終りかかった或る日、台所で人の呼ぶ声がした。あだこはお針の稽古にゆき、半三郎は居間で寝ころんでいた。
「米を持って来たが旦那は留守かね」と台所でどなるのが聞えた、「旦那はいらっしゃらねえのかね」
半三郎は寝ころんだままどなり返した、「おれに用でもあるのか」
「米屋の市兵衛です、ちょっとおめにかかりてえんですが」
「あだこはいない」と彼はどなった、「米はそこへ置いてってくれ」
「旦那に話があるんです、済まねえがちょっとここまで来ておくんなさい」と市兵衛が喚き返した、「それとも私のほうでそっちへ伺いましょうか」
無礼なことを云うやつだ、と半三郎は思った。市兵衛は米屋の主人で、これまでに幾たびか会ったことがある。