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あだこ

あだこ

山本 周五郎

「小説倶楽部」1958(昭和33)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,762 字 · 46 页

青空文庫

彼はくすっと笑った。すると胃のあたりで病的な空腹感が起こり、耐えがたいほどの渇きにおそわれた。

「怒ったっけな、十兵衛は」彼は飢や渇きをごまかすように呟いた。「あいつのあんな眼つきは初めて見た、殴りかたも本気だった、――しかも彼は彼で悔むことはないさ、ここへ乗込んで来て、するだけの意見はしたんだから、そうさ、友達の責任ははたしたんだ、いいじゃないか、もうまもなくけりはつく、そう長いことじゃないよ」

半三郎は薄い夜着を掛け、古畳の上にじかに寝ころんで、枕をしていた。

庭に面したその十帖は荒れはてていた。畳替えもしないし、障子や襖の張替えもしない。もちろん、掃除などは一年ちかくもやらないうえに、使った物、出した物がそのまま放りだしてある。――座敷の中は黴臭く、埃臭く、おまけに物の饐えたような匂いが充満しているため、十一月だというのに、庭に面した障子はあけておくよりしかたがなかった。庭はかなり広い。もとは小さな池があり、小さな築山があり、若木の杉林や植込があった。みんな父が自分で丹精したものなのだが、いまはまったく手入れをしないから見られたものではない。