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あだこ
あだこ
山本 周五郎
「小説倶楽部」1958(昭和33)年2月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,762 字 · 46 页
三十日は長すぎる、そうはかかるまい。そんなことを思い返しているうちに、半三郎は眠ってしまった。そしてその見知らぬ女に起こされたのだ。
「もしもし、旦那さま」と呼ぶ声がした、「もう午ですから御膳の支度をしましょう」
半三郎は夢をみていた。喰べ物の夢をみていて、その夢の中から、力ずくで引き出されるように、ゆっくりと眼をさました。するとすぐそこに、あの見知らぬ女が膝をついて、黒い笑顔でこちらを見ていた。
「午の御膳にしましょう」と彼女は云った。少女のようにうぶな、きれいな声であった。「お米やなにかはどこにあるんですか」
半三郎は舌で唇を舐め、それからいちど声を出してみたあとで、おもむろに云った、「そんな物はないよ」
「お米はないんですか」
半三郎は頷いた。
「では」彼女が訊いた、「どこかから仕出しでも取るんですか」
半三郎は首を左右に振った。見知らぬ女の黒い顔に、びっくりしたような表情がうかび、へえ、という大きな太息がもれた。
「いまお台所を見て来たんですよ」と彼女は云った、「お釜も鍋も錆びてるしお櫃は乾いてはしゃいでるし、埃だらけでごみだらけで、空き屋敷みたようでした、御家来もお端下もいないんですか」