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つばくろ
つばくろ
山本 周五郎
「講談倶楽部 秋の大増刊」大日本雄弁会講談社、1950(昭和25)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 21,987 字 · 44 页
「ゆかなかったんだな江戸へは、現におれがこの眼で見ているんだから」
そこで吉良はちょっと口をつぐんだ。こちらの話すことが高雄をどんなにいためつけるか、どんな苦しみを与えるかは初めからわかっていた。しかしこんどの事はへたに劬わったり妥協したりしてはいけない。どんなに残酷であっても、傷口のまん中を切開し、腐った部分をきれいに掻き出してしまわなければならない、このばあいは無情になることが彼に対する友情なのだ。こう思いながら、吉良は事務的な口ぶりで云った。
「伊丹亭の者はまだなにも知らない、ほかにも気づいている者はないだろう、いまのうちに片をつけるんだな、狭い土地のことだからこのままいくと必らず誰かの眼につく、そうならないうちに始末をつけるんだ。……おれで役に立つことがあったらなんでもするよ」
吉良の家を出て暫らく歩くうちに、高雄は躯に不快な違和を感じた。発熱でもしたようで、頭がぼんやりし、膝から下がひどく重かった。
――吉良がその眼で見た。
ぼんやりした頭のなかで絶えずそういう声が聞えた。自分でない誰かほかの者が呟やいてるように、よそよそしい調子で、繰り返し同じ声が聞えるのであった。