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みずぐるま
みずぐるま
山本 周五郎
「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页
「それでいいよ」と彼は頷いた、「――悪戯をするのもいいが、度を越えないようにね」
「はい、お兄さま」
「それから、私のことなんぞ、あまり話すんじゃないよ」
若尾は不審そうに和次郎を見返したが、すぐにぼっと赤くなり、(こんどは)袂でいきなり顔を押えると、すばらしい早さで立ちあがって、障子や襖にぶっつかりながら、自分の部屋のほうへ逃げていった。
――あれは惚気というものです。
和次郎はそっといった。逃げてゆく若尾を見送りながら、磯野女史の言葉が鮮やかに耳の中で聞えた。あれは惚気というものです。そして、もう一つの言葉も思いだされた。
――こなたさまが嫁になさるのでしょう。
和次郎は、すばやくあたりを見まわした。その言葉が現実のように高く聞えたかに思われ、誰かに聞かれはしないかという気がしたからである。
「ばかなことを云う人だ」彼は苦笑しながら、こう呟いた、「どういうつもりだろう」
そして和次郎は口をへの字なりにした。
年が明け、年が暮れて、明和七年になった。まる十六年の春を迎えた若尾は、磯野女史の秘蔵弟子として、門人中五席という上位にのぼり、新しい入門者に初歩を教える役についた。