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みずぐるま

みずぐるま

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页

青空文庫

彼は別れるまえに、なにか困ることがあったら相談してくれ、と繰り返し云った。

若尾は数日のあいだ気が重かった。谷口修理は口に出しては云わなかったが、若尾が岩本一座にいたのを知っているらしい。自分が弘田を伴れていった、――というのは、若尾の舞台をみせにという意味であろう。和次郎はどうしてそのことを注意してくれなかったのか、谷口修理という人間が江戸にいること、その人間はかつて若尾の舞台を見ているということを、和次郎は忘れたのであろうか。

「手紙で訊いてみよう」若尾は自分に云った、「どういうふうに応対したらいいか、教えてもらうほうがいいかもしれないわ」

けれども手紙は出さなかった。二百五十里も離れているのに、なにも和次郎に心配させることはない、と思ったからである。谷口修理は和次郎の古い友人だといったし、見たところはへんににやけているが、そう悪い人間でもないらしい。とにかく気をつけて、なりゆきをみてからにしよう。若尾はそう思った。

十日ばかりすると修理から呼び出しの手紙がきた。若尾はでかけていった。中邸からはほんのひと跨ぎの、木挽町五丁目の河岸に森田座がある。