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みずぐるま

みずぐるま

山本 周五郎

「面白倶楽部」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 27,077 字 · 54 页

青空文庫

「そんなこと云って本当はお妾よ、定ってるんだから」

「若ぼう、――」久助は眼をぱちぱちさせた、「おめえも、そんなことがわかるようになったのか」

「あたしだって、もうまる十四よ」

若尾は楽屋のほうへはゆかず、そこから一段下ったところの蓆をあげて、梯子づたいに外へおりていった。

「どこへゆくんだ」爺さんが云った、「もうすぐ親方に呼ばれるぜ」

「いないと云っといてよ、そんな話、まっぴらだわ」と若尾が答えた。

「あたし庄太夫を見にいってるけど、誰にも教えないでね」

梯子をおりたすぐ裏に、やはり蓆で囲った掛け小屋がある。幾台かの荷車や、馬や、道具類の置場であるが、若尾が蓆の垂をあげて中へ入ると、その薄暗い一隅に、小菊太夫という女が(跼んで)なにかしていた。

「どう、小菊さんのねえさん、産れた」

若尾はこう云いながら、そっと近よっていって覗いた。

「まだなのよ」と小菊太夫が答えた、「初めてのお産だから骨が折れるらしいわ」

藁を敷いた箱の中に犬が横になっていた。二歳になる雌犬で「庄太夫」といい、小菊太夫の使う芸犬の一疋である。小菊太夫に腹を撫でてもらいながら、「庄太夫」は苦しそうに舌を垂らし、激しく喘ぎながら若尾を見あげて、くんくんと悲しげに啼いた。