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ノア

ノア

久生 十蘭

「富士」1950(昭和25)年2月号~4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 77,285 字 · 153 页

青空文庫

黙っていれば陰気な面だといって打たれ、快活にすると、貴様、おれを軽蔑するかといって蹴られ、どうしても助かりっこはなかった。しかし山内を悩ませたのはそのことではない。泥酔して上機嫌になると石黒大尉は異様な発揚状態になり、火のついた葉巻をところかまわず裸身へおしつけるのと、の皮で生皮を剥がれることだった。

鮫の皮は荒いが、※(「魚+覃」、第3水準1-94-50)の皮は鑢そっくりで、この辺の原住民が木目を出して木肌を滑らかにするために使うが、それで顔や胸を一と撫でされると、いっぺんに皮膚が剥げて赤味がでる。機嫌のいいときにかぎってかならずその残酷な遊戯をやり、山内が呻き声をあげるのを手を叩いて面白がった。石黒大尉はどうやらすこしずつ狂いかけているようで、それがいっそう山内の不安をつのらせた。

こういう異常な生活が、変りなく夏のはじめごろまでつづいた。それでも山内は殺されもせず、毎夜のような将校会食の支度やら給仕やらで、過労と睡眠不足でみすぼらしいほどに痩せ細り、立って動くのが精いっぱいという情けない状態になった。

貨物廠の連中が持ちこんできた手土産は石黒大尉に珍重されたふうだったが、そのうえどれもみな当りのいいお世辞者ばかりなのでひどく気に入られ、八月の末、定期交代という名目で、中田大尉、岡中尉、榊原少尉、大矢