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さんじゅうにこく

三十二刻

山本 周五郎

「国の華」1940(昭和15)年9~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,273 字 · 31 页

青空文庫

脇門の方の動揺も鎮っている。……ただ遠く、退却する敵のどよめきの声だけが、ひどくかけはなれた感じで聞えてきた。このあいだに三方から物見が走ってきた。報告はみな同じである。図書はしばらく考えていたが、

「油断なく警備を続ける。それから交代に食事を採るようにせい」

そう云って、自分の円座に腰を下ろした。既に亥の上刻(午後十時)になっていた。

攻撃を中止した敵は、逆襲に備えて二丁あまり退き、そこで篝を焚いて息を入れていた……図書は湯漬けを食いながら、六郎右衛門の調べてきた報告を聴いた。斬込んできた敵は五十七人、そのうち討取ったもの三十二、重軽傷のもの二十余人、これに対して味方は討死三名、浅手六名……これが二刻半の戦果であった。

畠の方で、小者たちが死体を片付けたり、敵味方の負傷者の手当をしたりするざわめきが聞えていた……図書は食事を終るとすぐ、家扶を従えて庭へ下りていった。みんな元気であった。表門脇の築地塀の一部が、外からの打撃でひどく歪んでいたが、まだ急には崩壊しそうもなかった。西の脇門に沿って突崩された所には、防材と石とが積まれてあり、そこから斬込んでくる敵が、味方にとってどんなに討取り易いかよく分った。