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さんじゅうにこく

三十二刻

山本 周五郎

「国の華」1940(昭和15)年9~10月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 15,273 字 · 31 页

青空文庫

敵の焚く篝火は前夜に倍し、夕闇の空を赤々と焦がしている。寄せてくる動きも思切ったもので西側から侵入してきた一部はほとんど前庭の方まで斬込んだ……戌の上刻(午後八時)になると、塀際へ取着いた一部が、三ヶ所で築地塀を崩しはじめた。そして同時に、まるで予想もしない武器が、焔を吐きながら飛来し、書院の軒に突当って凄じく炸裂した。

それは火箭であった……しかもかつて見たことのない新しいものだ。拇指ほどもある鉄の矢の尖に、火薬筒と油に浸した石綿が着けてある。的へ突立つと共に火薬筒が炸裂し、油綿の火を建物へ燃移す仕掛けになっている。

――火箭だ!

図書がそう気付いて愕然としたとき、側に控えていた宇女が庭へとび下りていって、

「蓆を下ろして……水を!」

と大きく叫んだ。

すると屋根の上で答える声が聞え、土庇の上へ蓆が垂れてくるのと一緒に、ざあっと飛沫をあげながら水が流落ちてきた……火箭は続けざまに十四五本も飛んできたが、濡れた蓆に遮られて、いたずらに炸裂の火を吹散らすだけだった。

宇女はすぐ元の場所へ戻った。

図書は黙っていた。一昨夜、彼女が小者たちを指揮して、蓆を積上げては水に浸していた訳がようやく分った。