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さんごくし
三国志(八)
吉川 英治
吉川英治『三国志(八)』。同一底本的分册已合并为一书。收入:三国志、三国志。
N1 · 挑战 · 新字新假名 · 195,604 字 · 391 页
夜は更けて、黒霧迷濛たる頃、忽然、堰を切られた怒濤のごときものが、蜀の中軍へなだれ入った。しかしそこの営内は空虚だった。魏勢は怪しみ疑って、
「敵の計に陥ちるな」と、戒め合ったが、すでにそのとき魏勢は完全に出る道を失っていたのである。
鼓角、鉄砲、喊の声は、瞬時の間に起って、魏の先鋒の大半を殲滅した。その中には、魏将の秦朗も討死を遂げていた。
司馬懿は幸いにも後陣だったので、蜀の包囲鉄環からは遁れていたが、残る兵力を救わんため、一たんは強襲を試みて、彼の包囲を外から破らんとした。しかし、それも自軍の兵力をおびただしく損じたのみで、残る先鋒軍の約一万も敵の中に見捨てて、引き退くしかなかった。
「かくの如き平凡なる戦略にかかって、平凡なる敗北を喫したことはない」
めったに感情を激さない司馬懿も、この時ばかりはよほど口惜しかったとみえて、退陣の途中も歯がみをした。
しかもその頃になると、空はふたたび晴れて、晃々たる月天に返り、一時の黒雲は夢かのように考えられた。で、生き残って帰る魏将士の間には、誰いうとなく、「これは孔明が、八門遁甲の法を用いて、われらを黒霧のうちに誘い、また後には、六丁六甲の神通力を以て、黒霧をはらい除いたせいである」