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ぼうれいホテル

亡霊ホテル

山本 周五郎

「新少年」1937(昭和12)年11月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 9,706 字 · 20 页

青空文庫

その向う側の部屋から、――ゆうべひと晩中、女の呻くような悲しげな声や、長い紙を静かに引裂くような物音が、絶えては聞え絶えては聞えして来るので、妙に苛々と寝苦しい思をしながら一夜を明かしたのであった。

「――矢張りお聞きになりましたか」

給仕はやがて声をひそめて云った。

「矢張りって? 何かあるのかい」

「あの部屋には何誰も泊ってはいらっしゃいません。もうずっと以前からお客様をお入れしない事になっていますので、――と申しますのは、実は極く内々のお話なのですが、彼室は『亡霊の部屋』と云って、私共仲間でも怖がって近寄らないくらいです」

「ふふふふ今どき亡霊とは古風だな」

「お笑いになりますが、現に昨夜、貴方様がそれをお聞きになったではございませんか」

伊藤青年はふっと笑い止めた。――ゆうべ深夜に聞いた、悲しげな女の呻声を思出したのである。給仕は更に声をひそめて、

「そうなんです、――此処だけのお話ですが、二年まえの冬の或夜、あの部屋へ泊ったお客様……御老人の方とその若い美しい夫人でしたが、お泊りになった晩、御老人が若い夫人を短刀で刺殺したうえ、御自分も自殺なすったという事件がございました。