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にんげんせいかつのむじゅん
人間生活の矛盾
丘 浅次郎
「中央公論」1926(大正15)年1月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 18,798 字 · 36 页
これが子を生めば遺伝によって足の速いという性質を子に伝えるが、子供同士の間には変異によって多少の優劣があり、足の大いに速いものと少しく速いものとができる。これらがまた狼に追われると、またもっとも足の速いものだけが生き残って、その性質を子に伝える。かようなことが何代もつづけば、一代ごとの変化はいささかであるとしても、終には重なっていちじるしい相違が現われ、先祖に比べると子孫の方がはるかに足の速いものになる理窟である。
以上は簡単に説明するために想像の例を挙げたのであって、すべての場合が、このとおりに簡単なわけではけっしてないが、この説は、初めて聞くと、いかにももっともに思われ、とくに動植物に一般に見られる適応の性質が発達し来った因縁を心持よく了解することができるので、生物学者仲間からは非常に歓迎せられ、一時は学界を風靡する勢いであった。適応の性質とは、各種の動植物が、その生活状態に応じて備えた必要な性質で、つねに敵に追われる兎の足が速いのも、生きた鳥を取って食う鷹の眼と爪と嘴とが鋭いのも、樹の上に住む猿が手足で枝を握り得るのも、海中を泳ぐ鯨が魚のごとき形をしているのもその例である。