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ぼんじんでん

凡人伝

佐々木 邦

「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页

青空文庫

その頃の学生は無暗と気が荒かった。何しろ日露戦争の始まる前の年だ。西洋音楽などやる奴は風上にも置けないと思っていた。佐伯君にはヴァイオリンを弾くという理由で鉄拳制裁を加えようという相談さえ出ていたのである。

「何をする?」

と佐伯君は無論憤った。

「ヴァイオリンなんか習やがって」

「ヴァイオリンじゃない。マンドリンだ」

「何方も同じことだ」

「分らず屋! マンドリンを習って何が悪い?」

「黙れ! 国賊」

と赤羽君は忽ちマンドリンを踏み躙った。乱暴極まる。理も非もない。佐伯君は呆気に取られて手出しをしなかった。

「江戸っ子は矢っ張り口ばかりだ」

と野崎君は拍子抜けがした。

「始まったら、僕も手伝う積りだったのに」

と高木君も待ち構えていたのだった。私は信仰上暴力を好まないが、佐伯君が撲られるようにと念じていた。

同級生としての佐伯君と谷君はこれで記憶から消える。二人は官立の入学試験が近づいたというのを口実に、もう学校へ来なかった。しかしその年も翌年も失敗したと見えて、私達が二年になった秋に、落武者として再び一年級へ入学した。

「おい。又来たのかい?」

と赤羽君は威張った。