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ぼんじんでん
凡人伝
佐々木 邦
「雄辯」大日本雄辯會講談社、1929(昭和4)年4月号~1930(昭和5)年4月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 98,944 字 · 202 页
「そんなものが利くんですか?」
「駄目でしょう。先生、奥さんのことゝ頭のことばかり考えています。そら、頭を撫ぜながら、時計を出して見ているでしょう?」
「えゝ」
「あの時計の蓋の裏に奥さんの写真が焼きつけてあるんです」
「成程」
と私はその都度何か得るところがある。
授業が始まって二三日してからのことだった。放課後、安部君は、
「河原君、その辺へ散歩しませんか? 好いところがありますよ」
と誘ってくれた。
「お供しましょう」
と私は丁度散歩の時間だった。その頃の東京は場末が直に田圃で、学園の近所には百姓家が多かった。
「まるで田舎でしょう?」
「えゝ。水車がありますね」
「こゝが僕の散歩道です。夕方独りで来て、瞑想しながら歩きます」
「君は詩人ですな」
「斯ういう美しい自然界へ出ると、誰でも詩人になりますよ」
「東京にこんな静かなところがあるとは思いませんでした」
「夕方はあの森へ日が落ちるんです。何とも言えない景色ですよ」
「実際好い」
「讃美歌を歌いながら歩きましょう」
と安部君は早速胴間声を張り上げた。私も和して、田圃道を辿り始めた。間もなく後ろから、
「おうい」
「馬鹿野郎やあい!」