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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
考える力もない。泣くには余りに恐ろしい身の上だ。
「茂ちゃん。いい子ですから、怖わくないわね」
母はただ愛児を気づかった。
「僕怖くないの、ちっとも」
その癖少年の声は、恐怖に戦いていた。抱きしめた小さい体が、あわれな小犬の様に、ビクビクけいれんしていた。
落ちつくに従って、井戸の底の寒さが身にしみた。
それにつけても、何という行届いた三谷の心遣いであったか。あのあわただしい場合、よく蒲団のことまで気がついたものだ。そのお蔭で、古井戸の底の身にしむ寒気の中で、足の下ばかりは、フカフカと、厚いクッションの様に暖かいのだ。
倭文子は、その夜具の端のあまった部分を、茂にもかけてやり、自分も肩にまいて、更に寒さをしのぐ工夫をした。
だが、若しも彼女が、その厚い夜具の下に、何があるかを知ったならば、感謝するどころか、いかに刑罰が恐ろしいからとて、最早や一刻も、井戸の底に隠れている気はしなかったに相違ない。
重なり合った夜具の下に、すぐ土があるのではなかった。夜具と土との間に、ある身の毛もよだつ物体が横たわっていたのだ。それが何であったかは、間もなく読者に分る時が来るであろう。