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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
人殺し、短刀、血のり、警察、裁判所、牢獄、絞首台、恋人、愛児、畑柳家、財産、唇のない男、…………というような観念が、あるいは恐怖の、あるいは愛着の、目まぐるしき絵となって、倭文子の頭の中を、グルグルグルグル駈け廻った。
その癖、とりとめたことは、何一つ考えられなかった。この先、我身がどうなることやら、まるで見当さえつかなかった。
彼女は無我夢中で、恋人三谷の指図に従った。可愛い、たよりない茂少年を抱きしめて、一刻も手離すまいとする心遣いだけで精一杯だった。
真暗な、よみじの様な、井戸の底の数時間、そこを出たかと思うと、我家の廊下を、まるで泥棒でもある様に、忍び忍んで、物もあろうに、たった今まで、我手で殺した斎藤老人の、死骸が横たわっていた棺の中へ、親子で身をひそめなければならないとは。
頑丈な棺ではあったけれど、三谷が釘うつ時に、外からは見えぬ様に、丸めた紙をくさびにして、細い隙間を作っておいてくれたので、空気の欠乏を気遣うことはなかったが、それにしても、狭い箱の中で、音も立てず、身動きも出来ず、出棺までの長い時間、じっとしていなければならぬとは、アア既に、彼女の罪を償う為に、地獄の責苦が始まったのではなかろうか。