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きゅうけつき

吸血鬼

江戸川 乱歩

「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页

青空文庫

「あなたは誰です。どうして私達をこんなひどい目に合わせるのか、その訳をおっしゃい!」

倭文子は死にもの狂いの顔を上げて、上ずった声で叫んだ。

いつの間に、カンテラを吹き消したのか、部屋の中は、真の闇だ。怪物のありかも、その異様な呼吸の音で、やっと察し得るに過ぎない。

相手は不気味に押黙っている。

闇の中に、暗よりも黒いものが、微に蠢いて、いまわしい息遣いが、徐々に徐々に、近づいて来るのが感じられる。

やがて、頬にかかる熱い息、肩を這い廻る指の感触……

「何をするんです」

倭文子は肩にかかる手を払いのけて立上った。

いくら怖いからといって、彼女は小娘ではないのだ。されるがままになってはいない。

「逃げるのかね、併し逃げ道はありやしないぜ。わめいて見るかね。だが、地の底の穴蔵だ。誰も助けに来るものはあるまいよ」

不明瞭な声が、毒々しくいいながら、逃げる彼女に、追い迫って来た。

暗の中の、悲惨な鬼ごっこだった。

何かにつまずいて、バッタリ倒れる倭文子。その上にのしかかって、抱きすくめようとする怪物。お互に顔も見えぬ、暗闇の触覚の争い。

あの唇のない、赤い粘膜そのものの様な顔が、今にも彼女の頬にふれはしないかと、倭文子は、それを考えただけで、気の遠くなる程、怖かった。