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きゅうけつき
吸血鬼
江戸川 乱歩
「報知新聞夕刊」1930(昭和5)9月30日~1931(昭和6)3月12日
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 190,554 字 · 381 页
彼は右手を顔の前に持って行って、近眼の様に、じっと自分の指を見ている。なぜ、そんな馬鹿馬鹿しい真似をしているのであろう。
と思う内に、彼はいきなり、気狂いの様に、その右手を振り振り、変なことを口走った。
「血、血、血だ。血が流れている」
「何をいっているのだ。怪我をしたのか」
斎藤老人が、もどかし相に尋ねた。
「そうじゃありません。誰れかが倒れているのです。身体中ベトベトに濡れているのです。血だらけです」
書生がしどろもどろに答えた。
「ナニ、血まみれの人間が倒れているというのか。誰だ。さっきの客ではないのか。早く電燈をつけ給え、何をぐずぐずしているんだ」
呶鳴りながら、気丈な老人は、もう梯子を昇り始めていた。書生もあとにつづいた。女達は梯子の下に一かたまりになって、青ざめた顔を見交わしながら、押黙っていた。
老人と書生とが、窓をまたぎ越した時には、既に電燈が点じられ、室内の恐ろしい有様が、一目で分った。
故畑柳氏は、骨董ずきで、書斎にも古い仏像などを置き並べていたが、氏の没後も、それが皆そのままになっている。
両手を拡げて立ちはだかっている、真黒な、どこの仏様ともえたいの知れぬ、奇怪な仏像の足元に、一人の洋服男が、血まみれになっていた。