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じょうちゅうのしも

城中の霜

山本 周五郎

「現代」1940(昭和15)年4月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,828 字 · 26 页

青空文庫

「越前の橋本左内はどうした」

穆清は唇を顫わせながら面をあげた。

「今朝、死罪と御達しがございましたが、橋本左内は既に遠島と決定しておりますので、若しやなにかの御手違いかと……」

「死罪だ、橋本左内は死罪だ」直弼は圧しつけるように云った。

絶望の色を浮べたまま穆清は退出した。……その遽しいすり足の音は、老中、若年寄、御部屋係の凡ての人々の注意を集めながら消えて行った。直弼は再び火桶を引寄せながら、

「坊……茶を持て」と声高に命じた。

茶を汲んで来た御部屋坊主は、常々直弼に愛されている男であったが、今朝は人が違ったように怯々して、天目を進める手は見えるほど震えていた。直弼は茶を啜りながら、のしかかって来る強大な、おそろしい拡がりをもった眼に見えぬ敵を、自分の全身でがっちり受止めようとするかの如く、その幅の広い肩をあげ、眼を瞠いてじっと空を睨んでいた。

十時少し過ぎてから、再び因幡守穆清が参入した……今度は落着いていたが、それはどこか虚脱したような力の無いものだった。

「左内の処刑を終りました」

「……御苦労」

「まことにあっぱれな最期でございました、従容として辞世の詩を認め、静かな微笑さえ見せながら、帰するが如く」