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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
ところが、信吉にとっては、少しも早いことはなかった。なぜなら、頭取部屋へはいって煙草の火を借りる時間がある。そしてこれは少しも不自然ではない。
信吉は頭取部屋へはいって、
「済みませんが、火を貸して下さいませんか」
と言った。
頭取は起ち上って、部屋の隅に掛けてある上衣の中から、マッチ箱を取り出して来た。
「ありがとう」
マッチをすっていると、
「お疲れさま。――」
と、冴子の声が背中に聴えた。出て行くのであろう、「お疲れさま」の「ま」の尻を上げた言い方は、信吉を意織しない調子に聴えた。が、そんなことはこの際どうでもいい。
信吉はマッチを返すと、雨の中へ出て行った。
前方を、冴子は一人で歩いていた。傘をさしていた。
すべて信吉の予想通りであった。
傘をさしてとぼとぼ夜更けの雨の道を一人帰って行く冴子の姿は、いかにも大部屋の女優の稽古帰りめいていた。もっとも大部屋ならかえって連立って帰る友達があってもいい所かも知れない。一人うらぶれたように帰って行くのは、孤独なのか。人間嫌いか。
信吉は雨に濡れていたので、雨に濡れているらしい男の大股で、冴子の傍を通り過ぎた。