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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

「だって、雨ぐらい降らせることの出来る男じゃなくっちゃ詰らないわ」

そう言って、伊都子は年に似合わぬがらがらした声で笑ったが、地下鉄の入口まで来ると、急に生真面目な顔になって、

「じゃ、あたし日本橋まで行きますから、ここから……。今夜十時お伺いします」

そう言ったかと思うと、信吉の返辞も待たず、スカートの後ろを気にしながら、階段を降りて行った。

十時にお伺いしますとは、今夜信吉の部屋へ忍び込んで来るという意味だ。新吉はふと伊都子の腋臭のにおいを想い出した。

そして雨に濡れながら、銀座の方へ歩いて行った。

信吉も伊都子も四時半までに行かねばならぬ用事があった。だから、時間を気にしながらあわてて部屋を飛び出して来たのである。

伊都子の用事とは、日本橋の某商事会社でタイプライターを購入すること。信吉の用事は、東京劇場で明日から上演される自作の脚本の総稽古を見ること。その目的で伊都子は九州から、信吉は大阪から、それぞれ上京してたまたま第一ホテルに投宿したのである。

自作の脚本の上演を見るために、わざわざ上京して来たということは、即ち信吉が劇作家としてはまだ新進であるということに外ならない。