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よるのこうず
夜の構図
織田 作之助
「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页
信吉もすかさず応酬した。
「なるほど……」
と、男はうなずいて、
「――しかし、貸せと言ったって、ありませんよ。金なんか」
「…………」
「金なんかありませんよ」
男はいきなり信吉の顔を覗きこんで、荒んだ調子の声を出した。
「金のことなんかどうでもいい。とにかくその腕をはなしてくれませんか。急いでるんですから」
「楽屋へ何をしに行くんです。そんなに急いで……」
「女優に会いに行くんです」
信吉は昂然と言った。
「なるほど、しかし、八時ですよ。忘れちゃ困りますよ」
「何が……ですか」
「八時、三三三号室!」
ずばりと、香車で歩を払ってしまうような声だった。
「…………」
えっ……とききかえす声も出なかった。
信吉はぽかんとして、相手の顔を見つめながら、
「この男、どうして第一ホテルのロビイの新聞の暗号を知っているのだろう」
と、腹の中で、芸もなくひそかに唸っていた。
「あなたは八時に行くんでしょう」
男はひひひ……と、半泣きのような笑い声を立てた。
「まアね」
信吉は第一ホテルを出しなに、伝言用紙に、
八時に必ずお伺い致します。
四五三号室 須賀信吉
(われわれは軽佻か倦怠かの、どちらか一方に陥ることなくして、その一方をまぬがれることは出来ない)