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よるのこうず

夜の構図

織田 作之助

「婦人画報」1946(昭和21)年5月号~12月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 62,068 字 · 125 页

青空文庫

「いやに、推薦しますね。え、へ、へ、……」

信吉も軽薄に笑って、

「――しかし、行く前に、一応予備知識を入れて置きたいですな」

と、言うと、新内語りはにやりとやにだらけの歯を見せて、

「下手な芝居見物みたいに、幕のあく前に下手な筋書を読んで置きたいんですか」

「いや、なかなかどうして……。下手な筋書どころか、本物の芝居より、筋書の方が芝居になってるかも知れませんよ。すくなくとも、僕には興味がある」

「なるほど、外国の芝居ではコキユが出て来るのが多いですな。コキユ……。知ってますか、そう、女房に姦通された哀れな男のことです。つまりあたしのことですね。けッ、けッ、けッ!」

「一体、誰があなたをコキユにしたんですか」

と、信吉はきいた。

「蜂谷重吉!」

新内語りはまるで親友の名を口にするような調子で言った。

「ご存知でしょう……?」

「ええ」

知っているどころではない。

蜂谷重吉とは昼間、ホテルのロビイで会ったばかしだ。新聞の暗号を教えてくれた男! そして、自分の死亡広告を自分で新聞に出している男?

こんな奇妙な男の名は、忘れようとしても忘れられるものではない。

しかし、その男の名を! 今この東京劇場の地下室で聴こうとは……?