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しっちょうき
失蝶記
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页
自分は紺野どのの介添として来たが、ばあいによっては助太刀をすると思ってもらいたい、吉川十兵衛。
およそこういう意味の文言であった。読み終った主計は振返って紺野かず子を見た。かず子は塵除けの被布をぬいで下僕に渡した。下は白装束で、手甲、脚絆、草鞋をはき、襷を掛けていた。
「待って下さい、紺野さん」と主計は呼びかけた、「これは間違いだ、杉永を斬ったのは事実だがそれには仔細がある、私はいま」
かず子は鞘ごとかいこんでいた脇差を、ゆっくりと抜いた。提灯の火をうけてその刀身が冷たい光りを放ち、かず子は鞘を下僕に渡した。
「私はいまその仔細を書いている」と主計は続けていた、「書きあげたらあなたに読んでもらいましょう、そのうえでなお私をかたきと思うならいさぎよく討たれます」
「吉川」と主計はこちらへ振向いた、「杉永とおれのことはおまえもよく知っている筈だ、なにか事情があるくらいのことは想像がつくだろう」
「谷川さんは耳が聞えないから、なにを云ってもむだだろうが」と吉川が云った、「家中の情勢がこう混沌としていては、釈明も弁解も役には立ちません、事実あったことで是非の判断をするほかはないでしょう、残念だが死んだ杉永さんのためにも、私は紺野さんに助勢をする、さあ、抜いて下さい」