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しっちょうき
失蝶記
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页
「王政復古は開国を伴わなければならない、これはかねてから谷川が主張していたし、おれもそのとおりだと思う、だが現に尊王をとなえている者の大部分は、攘夷問題を親柱のように信じこんでいる」
下田条約がむすばれて以来、すでに欧米諸国の多くと通商関係をもつようになった。現実にはもう開国しているのだし、これは国家と国家との公約である。にもかかわらず、王政復古の中に攘夷論が強い軸となっていることは危険だ。井伊大老を斬り、安藤閣老を斬ったような暴力が、王政復古の勢いに乗って攘夷を実行するとすれば、国家の信義を失うばかりでなく、欧米諸国の同盟によって、日本ぜんたいの存亡にかかわるような、非常な事態を招くかもしれない。
もっとも重大なことは、朝廷において攘夷親征が議せられたという点で、それがもし事実だとすると容易ならぬことになる。
「おれは自分でその実否が慥かめたい」と杉永は云いました、「はいって来る情報はそのたびに変転し、どれが真実かどれが虚妄か、だんだん区別がつかなくなるばかりだ、そうは思わないか」
「話をはじめに戻すが」と私は云いました、「杉永はひとり息子だ、もし上方へゆくとしたらなおさら、祝言を早くするほうがいいじゃないか、杉永にもしものことがあれば家名が絶えてしまうぞ」