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しっちょうき

失蝶記

山本 周五郎

「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页

青空文庫

他の六人の名はその必要もなし、まえに述べた理由から、ここでもやはり省略します。大砲は一貫目玉のモルチールというもので、急造の砲架の上に据えてありました。砲手は二人。一人が火薬を填め、砲玉を入れ、他の一人が射手の位置につきました。

私たちは五間ばかりはなれたところに立ち、仕様書に注意してあるとおり、両手で耳を押える用意をして見ていました。私の右に梓久也、左に杉永、次に吉川がいたようです。少し風のある日で、長い汀には寄せ返す波が白く泡立ち、はるかな沖に漁をする舟が幾つか見えていました。

「大丈夫かな」とうしろで誰かが云いました、「あの舟に当りゃあしないかな」

すると二人ばかり笑うのが聞えました。それはその冗談が可笑しかったからではなく、あまりに緊張していたための反作用だということが、あからさまにわかる笑いかたでした。

射手は火繩を火口に移し、撃鉄をおとしました。詳しい説明は書きません、モルチール砲はその二つの操作で発射するのです。私たちは両手で耳を押えました。――だが砲は発射しません、二人の砲手は狼狽したようすで、火口や撃鉄をしらべていましたが、突然、なにか云いあったとみると、耳を塞ぎながらこちらへ逃げて来ました。