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しっちょうき
失蝶記
山本 周五郎
「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 22,072 字 · 44 页
「吉川十兵衛、おまえはこのままおれを斬らせていいのか、このままおれを斬って、それでなにか得るものがあるのか」
「こいつ」と梓久也が叫んだ。
「待て」と吉川十兵衛が手で制した、「もう逃がすおそれはない、聞くだけは聞こう」
「なんのために」と梓が叫んだ。
「吉川、みんなも聞いてくれ」と主計が云った、「みんなはおれが杉永を斬ったことでおれを斬ろうというのだろう、慥かに、おれは杉永を斬った、しかし、おれが杉永を斬ったということをどうして知った」
梓久也が踏み出そうとした。吉川十兵衛が「止めろ」と叫び、二人が左右から梓を押し止めた。
「おれが杉永を斬ったことは、たった一人しか知ってはいない」と主計は続けていた、「その男がおれを罠にかけて、おれの耳の不具を利用して杉永を斬らせた、真壁綱だと手引きをして、おれにとってはかけ替えのない友を斬らせた、梓久也がその男だ」
「こんなやつの云うことを聞くつもりか」と梓久也が叫んだ、「おれたちはこんなでたらめを聞くためにここへ来たのか」
「云え、云え」と主計はまた梓をまっすぐに指さした、「おれはきさまの罠にかかった、無二の友を手にかけたおれが、きさまを憎まなかったと思うか、梓久也、おれはきさまを斬りたかった、きさまの五躰を寸断してやりたかった、――だが思い直した、きさまがおれを罠にかけたのは利欲