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ぞくほうしこう
差別の根源を考える
喜田 貞吉
喜田貞吉『差別の根源を考える』。同一底本的分册已合并为一书。收入:俗法師考、融和促進、融和問題に関する歴史的考察。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 147,985 字 · 289 页
もっとも声聞の徒は、自ら難行苦行を積んで涅槃寂浄の地に達することを冀うものであるから、もちろん戒律堅固なもので、いわゆる俗法師には当たらぬようである。また彼らが金鼓を打って授福の功徳ある妙幢の本誓を唱えるということも、自利を主とする声聞としては、適しがたい所行だとの非難はあろう。妙幢の本誓とは、最勝王経夢見金鼓懺悔品に、妙幢菩薩鷲峯山に仏に謁して夢中の事を白し、仏前に頌を説く。このとき世尊妙幢菩薩を讃して曰く、「善哉善男子、汝が夢見る所の如し。金鼓声を出して如来の真実の功徳並に懺悔の法を讃嘆す。若し聞く者あらば、福を獲る事甚だ多からん」とあることを言うのであろう。声聞師が金鼓を打つというのも、妙幢菩薩の所行に似ている。それから因縁を引いた訳でもあろうが、声聞師が妙幢の頌文を唱えて、聞く者に福を授けるということは、いわゆるホカイビト(乞食)が祝言を唱えて、米銭を得るのと同一の所行と解すべきものである。
さればその所行の問題はしばらく措き、いま菩薩と声聞との二つを並べて考えてみるに、平安朝頃の大乗仏教では、牛に譬えた菩薩業を尊しとして奨励し、羊に譬えた小乗の声聞業を卑しとして排斥したものである。