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かげをふまれたおんな

影を踏まれた女

岡本 綺堂

「講談倶楽部」1925(大正14年)9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 11,608 字 · 23 页

青空文庫

病人も御覧の通りで、もう心配することはありませんから。」と、大野屋の伯母は言った。

宵ではあるが、年の暮れで世間が物騒だというので、伯母は次男の要次郎に言いつけて、おせきを送らせてやることにした。お取り込みのところをそれには及ばないと、おせきは一応辞退したのであるが、それでも間違いがあってはならないと言って、伯母は無理に要次郎を付けて出した。店を出るときに伯母は笑いながら声をかけた。

「要次郎。おせきちゃんを送って行くのだから、影や道陸神を用心おしよ。」

「この寒いのに、誰も表に出ていやしませんよ。」と、要次郎も笑いながら答えた。

おせきが影を踏まれたのは、やはりここの家から帰る途中の出来事で、かれがそれを気に病んでいるらしいことは、母のお由から伯母にも話したので、大野屋一家の者もみな知っているのであった。要次郎はことし十九の、色白の痩形の男で、おせきとは似合いの夫婦といってよい。その未来の夫婦がむつまじそうに肩をならべて行くのを、伯母はほほえみながら見送った。

一応は辞退したものの、要次郎に送られて行くことはおせきも実は嬉しかった。これも笑いながら表へ出ると、煤掃きを済ませて今夜は早く大戸をおろしている店もあった。