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わすれのこりのき

忘れ残りの記

吉川 英治

吉川英治『忘れ残りの記』。同一底本的分册已合并为一书。收入:忘れ残りの記、年譜。

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 193,050 字 · 383 页

青空文庫

と、書いた。

しかし、斎藤家の方でも、後には、ぼくの出京が、母も諒解上のことであったのを知って、ひどく気の毒がったそうである。という話を、後年、従妹から聞かされた。その従妹の園子は、まもなく横浜の岡野銀行頭取の石渡又七へ嫁いで、つい昨年まで、鎌倉に住んでいた。この“忘れ残りの記”の初めの方に書いた、ぼくの母に関する娘時代の事は、従妹の記憶に依る所が多かったのである。けれど、その従妹も、ついこの春亡くなった。

菊川町界隈の沢山な小工場の中に、S手提金庫製作があった。四月頃、ぼくはラセン釘工場の主人とも諒解の上で、S工場へ籍を変えた。勤務時間、賃金、勉強する条件なども、S工場の方がよかった。手提金庫という物が盛んに市場へ出はじめた頃で、工場も新しく、活気があり、会社は儲かっているらしかった。

製缶部、洗滌部、塗工部、包装部などと小さく分れていて、ぼくは事務員の名で入ったのだが、雑役が半分だった。製品が溜ると、品別伝票と数量簿を持って、荷馬車や荷車に付き添い、薬研堀の本店倉庫へ収めに行く。倉庫や本店でよく見かける紳士然たる痩せぎすの、いつも渋好みの洋服を着ている四十恰好の人が、あるときぼくへ、