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あくまのもんしょう

悪魔の紋章

江戸川 乱歩

「日の出」新潮社、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 151,280 字 · 301 页

青空文庫

やっぱり猿かなんかのいたずらですよと、老夫婦は笑い話にしてしまったが、川手氏はどうも納得が行かなかった。何かしら身近に、人の匂が感じられた。妖気とでもいうようなものが、ひしひしと身に迫るのを覚えた。

すると、その晩のことである。

川手氏は深夜また目が覚めて、どこからか漏れて来る人の話声を聞いた。そして、前の晩と同じように、手燭をつけて小用に起きた。今夜もひょっとしたら、あの笑い声がするかも知れない。川手氏は覚悟をきめて耳を澄ましていた。今度こそ鳥の鳴き声か人間の声か聞き分けてやろう。

窓から覗いた空には、やっぱり星がなかった。そよとの風もない梢に、カサコソと不気味な音がしていた。

突然、アア、又してもあの笑い声だ、若い女が、袂で口を蔽って、身体を曲げて、忍び笑いをしているような、あの笑い声だ。川手氏は目の前に、その若い女の白い顔が見えるような気がした。

今夜こそ正体を見現わさないでおくものか。かねて心に定めて置いた通り、川手氏は急いでそこを出ると、音のせぬように、廊下の端の雨戸の枢をはずし、ソッと引き開けて、真暗な庭の声のしたと思われる箇所へ手燭をさしつけた。