轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页
建部賢弘、中根元圭、山路主住等の数学大家は星学上にも関係があり、山路のごときは宝暦の改暦にあずかった人である。星学上の問題から数字上の方法の成り立ったものも、建部が暦術上の必要から円周率の研究をしたこと、中根彦循の『開方盈※(「月+肉」、第4水準2-14-25)術』のごときものがあるにはある。しかしそのような例は少ないのであって、数学者が星学を取り扱うたのは主として暦術の問題を数学的にやってみたのみに過ぎないようである。いわば数学者の試練場となったに過ぎないのである。久留島義太のごときは、数学者は数学の問題をやっておればよいのであるが、問題がないので暦術の問題などをいじくることになったのは慨かわしい、というようなこともいっている。建部、山路等が星学にたずさわったのはこんな意味ではなかったが、ともかく、久留島の言葉によりて数学者が如何なる考えでいたかが察せられよう。こんな有り様であるから数学は星学暦術のために至大の影響を受けたというよりは、かえって数学の発達が暦術の発達を誘起さすこととなったのである。数学が主にして、天文暦術はむしろ客であったともいい得られよう。