轻松读懂日语经典作品
ja-reading.com
轻松读懂日语,轻松阅读日语。在线阅读日语经典作品。支持在阅读过程中显示假名、查询生词、翻译句子。
ぶんかしじょうよりみたるにっぽんのすうがく
文化史上より見たる日本の数学
三上 義夫
三上義夫『文化史上より見たる日本の数学』。同一底本的分册已合并为一书。收入:文化史上より見たる日本の数学、芸術と数学及び科学、和算の社会的・芸術的特性について、数学史の研究に就きて。
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 96,999 字 · 192 页
西方はよく開けているが、東北は冬期積雪の間に閉ざされて瞑想に耽るような風のあることもまた一つの事情である。かくして日本は東西によって気候・風土・経済から人情風俗まで際だって区画される。この東西の対立は一朝一夕のことではない。蝦夷征伐、武士道の発達、鎌倉と京都の対抗、これ等を通じての歴史からが違っている。徳川時代になっては江戸が政治の中心となり、武士の本場となるが、経済の中心は依然として大阪及び西方から東方に移らぬ。現今に至りても、その傾向が未だ充分に消え去らぬのである。故に戊辰の役には西方と東方との対抗と見られるような現象も見られた。
日本は東西によってこんな相違があるのであって、経済の進まぬ東北地方を控えて遊食の武士を中心としての和算が江戸に栄えたに反して、文化の早く進み経済が発達し功利的の精神に富んだ西方で実験科学の起こって来たのは決して怪しむべきでない。ひとり外国の知識に対する門戸ともいうべき長崎が西方にあるからというだけではなかったのである。
和算そのものにおいては、九州などは早く起こって早く衰え、京阪地方には芸術的色彩が江戸に比してやや薄く、東北諸国は発達は後れたが、その代わりにずっと後までも続いて、今日に至るまで奥羽の各地に和算を教授し、もしくは学修するものが往々にあるが、西方においては全く