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だんがいのさっかく

断崖の錯覚

黒木 舜平

「文化公論 第四巻第四号」1934(昭和9)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,483 字 · 26 页

青空文庫

「よせ、よせ。恥かしいよ。」

酔った女をつれて、夜おそく宿の門をたたいたとあれば、だいいち新進作家としての名誉はどうなる、死んでもそのようなさもしいことはできない。

「おい、君、もう帰れよ。君は、いでゆに寝泊りしているんだろう? こんどは僕が送って行ってやるよ。帰れよ。あした、また遊ぼう。」

「私、いや。」雪は、からだをはげしくゆすぶった。「いや、いや。」

「困るよ。じゃ、ふたりで野宿でもしようと言うのか。困るよ。僕は、宿のものへ恥かしいよ。」

「ああ、いいことがあるわ。おいでよ。」

雪は手をぴしゃと拍って、そう言ってから、私の着物の袖をつかまえ、ひきずるようにしてぱたぱた歩きだした。

「なんだ、どうしたんだ。」

私もよろよろしながら、それでも雪について歩いた。

「いいことがあるの。でも恥かしいわ。あのね、百花楼ではね、ときどきお客が女のひとを連れこむのに、いやよ、笑っちゃ。」

「笑ってやしないよ。」

「そんな入口があるのよ。ええ、秘密よ。湯殿のとこからはいるの。それは、宿でも知らぬふりしているの。私、でも、話に聞いただけよ。ほんとのことは知らないわ。私、知らないことよ。