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だんがいのさっかく

断崖の錯覚

黒木 舜平

「文化公論 第四巻第四号」1934(昭和9)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,483 字 · 26 页

青空文庫

五

五

たかがウイスキイ一杯で、こんなにだらしなく酔ぱらったことについては、私はいまでも恥かしく思っている。その日、私はとめどなくげらげら笑いながら、そのまま「いでゆ」から出てしまったのであるが、宿へ帰って、少しずつ酔のさめるにつれ、先刻の私の間抜けとも阿呆らしいともなんとも言いようのない狂態に対する羞恥と悔恨の念で消えもいりたい思いをした。湯槽にからだを沈ませて、ぱちゃぱちゃと湯をはねかえらせて見ても、私の部屋の畳のうえで、ごろごろと寝がえりを打って見ても、私はやはり苦しかった。わかい女のまえで、白痴に近い無礼を働いたということは、そのころの私にとって、ほとんど致命的でさえあったのである。

どうしよう、どうしよう、と思い悩んだ揚句、私はなんだか奇妙な決心をした。「初恋の記」――私が或る新進作家の名前でもって、二三行書きかけているその原稿を本気に書きつづけようとしたのであった。私はその夜、夢中で書いた。ひとりの不幸な男が、放浪生活中、とあるいぶせき農家の庭で、この世のものでないと思われるほどの美少女に逢った物語であった。そして、その男の態度は、あくまでも立派であり、英雄的でさえあったのである。