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だんがいのさっかく

断崖の錯覚

黒木 舜平

「文化公論 第四巻第四号」1934(昭和9)年4月1日

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,483 字 · 26 页

青空文庫

恋愛に憐憫の情がまじると、その感情はいっそうひろがり高まるものらしい。

「いや、そんなことはない。君の方が美しい。顔の美しさは心の美しさだ。心の美しいひとは必ず美人だ。女の美容術の第一課は、心のたんれんだ。僕はそう思うよ。」

「でも、私、よごれているのよ。」

「判らんなあ。だから。言ってるじゃないか。からだは問題でないんだ。心だよ、心だよ。」

そう言いながら、私はわくわく興奮しだした。雪の傍にある原稿をひったくって、ぴりぴりと引き裂いた。

「あら!」

「いや、いいんだ。僕は君に自信をつけてやりたいのだ。これは傑作だ。知られざる傑作だ。けれども、ひとりの人間に自信をつけて救ってやるためには、どんな傑作でもよろこんで火中にわが身を投ずる。それが、ほんとうの傑作だ。僕は君ひとりのためにこの小説を書いたのだ。しかしこれが君を救わずにかえって苦しめたとすれば、僕は、これを破るほかはない。これを破ることで、君に自信をつけてやりたい。君を救ってやりたい。」

私は、尚も、原稿を裂きつづけた。

「判ったわよ。判ったわよ。」雪は声をたてて泣きだした。泣きながら叫んだ。「私、泊るわ。