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しんしょたいこうき

新書太閤記

吉川 英治

01 第一分冊

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页

青空文庫

打ち水した書斎の縁先に、仄かな室内の灯が流れている。

「――猿めを、召し連れて参りました」

能八郎が、ひざまずいていうと、松下嘉兵衛は、端近く姿を見せて、

「来たか」

と、いった。

その声を、日吉は、頭のうえに聞いたまま、庭苔に、額をつけて、縮まっていた。

「猿」

「はッ」

「そちの生国の尾張には、桶皮胴とはちごうて、胴丸とかいう、新しい工夫の具足が、近頃行われておるそうな。一領買うて来い。そちの生国じゃ、勝手はよう弁えておるであろうが」

「はい? ……」

「すぐ立て、今夜にも」

「何処へで」

「胴丸を買い求めに」と、嘉兵衛は、手文庫を寄せて、金をつつみ、日吉の前へ投げてやった。

「……?」

日吉は、その金と、嘉兵衛のすがたとを見くらべていた。

その眼に、涙が溜った。やがて頬を伝わって、ぼろぼろと手の甲へ落ちた。

「出立は急ぐがよいが、品は急いで持ち帰るには及ばぬぞ。何年でも、程よいのを探せ。よいか」

「……はい」

「能八、裏の木戸を開けて、そっと出してやれ。……そっと、宵のうちに」

尾張へ行って、胴丸の鎧を一領買って来い――。唐突である。また、余りにも、意外な主人のことばである。