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しんしょたいこうき
新書太閤記
吉川 英治
01 第一分冊
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 180,256 字 · 361 页
「こうまでとは思わなんだが」
情の薄い者はわらい、情の厚い者は織田家のために、眼に涙をたたえて、言葉もなく白け果てたということであった。
「同じ兄弟でも、御舎弟の勘十郎殿は折り目正しゅう、俯目に始終謹んでおいであるに」
と、なぜ跡取が、こうもあべこべに生れたものかと悔む囁きも聞えたが、その時、末席にあった筑紫の客僧の某が、ひとり呟くようにいったことには、
「いやいや、彼こそは、行く末の国持つお人よ。おそろしいお方ではある」
沁々と、そう洩らしていたと傍にいた者が、後に家中へ語り伝えたが、誰ひとり、そうかと信じる者はなかった。
また、十六歳の信長には、もう内室がきまっていた。父信秀が生前に、平手中務が肝煎して、ようやく成立した婚約であった。
それは、美濃の斎藤道三の娘なのである。織田家とは多年、兵火に兵火をもって、鎬をけずり合って来た宿年の仇敵国であったが、その斎藤家との婚約には、勿論、戦国のならいといってもよい、政略の意味も多分にふくまれている結婚であった。
が、先も名に負う道三秀龍という肚ぐろいのが舅殿である。もとより織田家の政策であることをのみこんで、しかも四隣はおろか、京にまで近頃は名高い織田のうつけ息子殿に、最愛の娘をもくれるというのである。