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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

そして並んで縁側に腰かけた。やがて八重はつと立ち上り、決意のまなざしをいねに向けて、

「これ、坂田さんの手紙」と、ふところから分厚な封筒を取りだした。中身をぬいていねの膝におくと、

「考えといて」

といい、くるりと向うを向いてとっとと歩いていった。派手な模様のある赤いメリンスの帯が隣家の納屋の角を曲って見えなくなると、いねは座敷へいざり上って障子のかげに坐った。手紙は重吉といねに宛てたもので、病身でも充分に気をつけるから八重と結婚をしたいという、坂田の若者らしい熱情で綴られたものであった。むずかしい字にふりがなを打ったのは八重のしたことであろう、インクの色がちがっていた。いねは早鐘のように動悸が打った。

絶対に嫁にはゆかんというたじゃないか。

なじるような気持で、も一度読みかえした。咽喉の奥の方がかわきつくような気がした。反対したら八重はどうするであろうか、と考えてみると、いねは困った! と思わず太いため息を洩らした。泣きも、怒りもできないような気持がこみ上げてきた。痛いほど辛いみぞおちのへんを右手でさすり、我れとわが心を鎮めてみたが、嫁にやこい行けるかい、とけとばす気持よりほか考えがまとまらない。