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こよみ

暦

壺井 栄

「新潮」1940(昭和15)年2月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 56,332 字 · 112 页

青空文庫

まだ六十にようやくなのに、ほとんど白髪になった老いさらばえた妻の姿。刺身など数えるほどしか食べることのなかった四十年の自分たちの生活、風雨に責め苛まれ、枝をもがれ、地に叩き伏せられても、まだ根に残るわずかな生命力は倒れたままの姿で、春が来れば芽を出してその営みを続ける病木のようないねの姿。重吉は母親の時のあの本意ない悔いをふたたび妻には繰り返すまいと、魚屋に魚のない日は自分で夜釣に出かけたりした。

その刺身さえももう咽喉を通らなくなって、重吉は昼夜いねの枕辺を離れなかった。たまに天気のよい日など気も晴れようかと抱き起してやると、いねは貧血のために気が遠くなり、すき透るように蒼い顔をしてしばらくは目も開けられなかったりした。手の窪にでも載るほど小さくなった体は子供のように軽く、カヤノから送ってきたメリンスの軽い真綿布団は、寝ているいねの体の上で平らかであった。一家には生死の波があるという。生み重ね、育て重ねてきた人生の潮時は今干潮の底へ来ているのだろうと重吉は思った。うつらうつらとするいねの呼吸までが時々絶えることさえあった。驚いてさしのぞくと、忘れていた呼吸をとり戻すかのように、ふう! と大きく肩でいきをする。