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ほんじょみぞれがし

本所霙河岸

山本 周五郎

「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1939(昭和14)年5月号

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 12,115 字 · 24 页

青空文庫

せしめられて堪るか」

「それは違うぞ秋山」

千之助は、隅のほうへかたまっている門人たちの眼があるので、努めて穏かな調子を失わなかった。

「貴公が云うまでもなく、先生亡きあとは貴公と拙者とで守立てなければならぬ道場だ、むしろ拙者としては貴公こそ」

「うるさい、口先でなんと云おうがきさまの肚は分っているんだ」

省吾は血走った眼を剥出して喚いた。

「きさまはおれを逐出してこの道場を乗取るつもりだろう、そんなことは分りきってる、だがおれは黙って指を銜えているような甘い男じゃないぞ、だいたい先生はこのおれが御贔屓だったんだ、この道場は勿論お嬢さまの婿も」

「お黙りなさい!」

卒然と叫んで、上段へ松枝が現われた。――顔色は蒼く、唇はぶるぶると顫えている、さすがに省吾は慌てて、

「こ、これは、お嬢さま」

と坐り直す省吾へ、

「これを持ってすぐお立去りなさい!」

怒りの声とともに金包を投出した。

「――これは?」

「お望みの百金です、それを持ってここを出て行ってください、亡き父に代って御破門申します、再び姿をお見せくださるな」

「お嬢さま!」

ひと膝乗出したが、松枝は見向きもせず奥へ去ってしまった。