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もみノきはのこった
樅ノ木は残った
山本 周五郎
01 第一部
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页
「お待ち下さい、お上が会うと仰せられています、柿崎どの」
「いやだ」と六郎兵衛は歩きながら云った、「私は駆引きは嫌いだ」
「私どものおちどです、主人は知らぬことですから、どうぞ、どうぞしばらく」
六郎兵衛は立停った、「貴方がたのおちどか」
「役目上やむを得なかったのです、どうぞ御了解のうえお戻り下さい」
「手数をかける人たちだな」
六郎兵衛は冷笑し、そして頷いた。
「どうぞこちらへ」
内膳が接待の間まで伴れ戻した。そこでまたひともめあった。刀をそこで預かるという、六郎兵衛は拒絶した。刀を預かるというのは、さして不当な要求ではない。一万石あまりの小大名にしろ、その前へ出るには作法がある。脇差はともかく、刀は置いて出るのが礼儀だった。しかし六郎兵衛は拒絶した。自分は誰の扶持もうけていない浪人者である。兵部どのには警告をしに来たのだから、対等でなくては会わない、と云った。
そこにはすでに新妻隼人はいなかった。内膳は困って、いちど奥へ相談にゆき、戻って来て「ではそのまま」と承知した。
とおされたのは小書院であった。こんどは待たせなかった。六郎兵衛のそばには内膳がひかえ、兵部は小姓一人をつれて上段へ出て来た。