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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

久世侯が将軍側衆として、その席に臨まれたことは、大藩の相続問題であるため、当然の規式ではあったが、特にそれが久世侯であったということは、侯の周防に対する、並ならぬ好意とみなければなるまい。

久世侯は云われた。

久、――茂庭どのの申されるところは、伊達家臣として道理にかなっていると思われる。

すると老中の阿部侯がすばやく云われた。

阿、――自分も茂庭どのの申すことに理ありと思う、……しばらく次へさがって待つように。

阿部侯は老中の先任である。侯の発言は救いであった。涌谷どのの深い溜息が聞え、硬くなった全身の、ほぐれるのが見えるようであった。待つこと約半刻、再びよび出されたうえ、阿部侯より「吟味するであろう」という沙汰があり、われわれは退出した。

甲斐はそこまで書いて、七十郎のほうは見ずに訊いた、「雁がどうしたって」

「いま雁が渡ったのです」と七十郎が云った、「まだ雁が来るにははやすぎるでしょう、しかしたしかにあれは雁でしたよ、いやな前兆だ」

「七十郎が縁起をかつぐのか」

「縁起じゃあありません。雁のはやく来る年は凶作だという、古くからの農民のいい伝えです」