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もみノきはのこった

樅ノ木は残った

山本 周五郎

01 第一部

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 148,519 字 · 296 页

青空文庫

とおみやは云った、「ちょっと坐って、新さん、あたしあんたに話さなければならないわ」

「たくさんだ」と新八は首を振った。

「坐ってちょうだい、あたしあんたを騙したおぼえもないし、あんたにけがらわしいなんて云われるおぼえもないことよ」

新八は「それじゃあ」と吃りながら云った、「あの浄妙院はいったいなんだ」

「浄妙院がどうしたの」とおみやが訊き返した。

新八は口ごもった。

浄妙院がどうした、というおみやの反問は、あまりに平静で、いささかの恥も、うしろめたさもなかった。

「浄妙院のことはあんたに云ってある筈よ」とおみやは云った。

「いや、ちがう」

「なにがちがうの」

「貴女は、おこもりにゆくのだと云った、お父上の遺骨を預けたから、供養のために、ときどきおこもりにゆくのだと云った」

「まあ、新さん」

「私はそう信じていた」

「まあ聞いてちょうだい」

「けれども嘘だった、私はゆうべ浄妙院へいって、寺男にすっかり聞いたんだ」

「なぜそんなことをしたの」

「お父上の遺骨が納戸の中にあったからだ」と新八は云った、「お父上の俗名と戒名の付いた遺骨の壺が、隠しもせずに置いてあった、おこもりというのは嘘だと、私の感づいたのがむりか」